
「雲(くも)行きがあやしい。こりや台風(たいふう)になるかもしれんぞ。」
行(い)き交(か)う百姓(ひゃくしょう)たちは、たがいに空を見上げ、心配(しんぱい)そうにいい合っていました。風むきがかわり、だんだん強くなっていきます。風にふかれた稲(いね)が重そうにゆれています。雨がだんだん横なぐりにかわっていきます。
とうとう、台風(たいふう)がやってきたのです。百姓(ひゃくしょう)たちの祈(いの)りは、天にはつうじませんでした。
風はいよいよはげしくなり、雨戸(あまど)をたたきつけるはげしい雨の音、家がグラグラゆれ、いまにもつぶれてしまいそうです。まっ暗になった家の中で、
「今年もたくさんのがしするものがでてしまう」という、悲(かな)しそうな父の声がしました。
一晩中、けもののようなうなり声をあげながら、あばれまくった台風(たいふう)も、朝方(あさがた)になるといくぶん弱くなっていました。屋根(やね)のカヤはふきとばされていたものの、どうやら家はつぶされずにすんだようです。外にとびだしたマチューは、家々を見てまわり、田んぽや畑を見てまわりました。きのうまで豊(ゆた)かに穂(ほ)をつけていた稲(いね)は、立っているものは一本もありません。おしつぶされたように根元(ねもと)からおれた麦(むぎ)、あわ、みずみずしい青葉(あおば)をつけていた野菜(やさい)は、見るもむざんなすがたになっていました。王府(おうふ)におさめる年貢(ねんぐ)どころではありません。自分たちが食べるものさえ全滅(ぜんめつ)してしまったのです。漁にでようにも、あれくるう波を見ていると、舟をこぎだす気にもなれません。
父のいっていた「がしするものがでるぞ」ということばは、重くマチューの心にのしかかっていました。
「ああ、どうしたらいいのだろう」
「これで、日でりがつづこうものなら、どうして生きていけばいいのだろう」
マチューは、台風(たいふう)にいためつけられた作物(さくもつ)を前に、ぼうぜんと立ちつくしていました。


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