野國總管物語

命(いのち)をつなぐ作物(さくもつ)

鉢植えの甘藷

 さんざん頭をなやまし、知恵(ちえ)をしぼっても、なかなかよい考えは思いつきませんでした。けっきょく、鉢植(はちう)えにして、鑑賞用(かんしょうよう)の盆栽(ぼんさい)として持ちだすことにしました。しかも、一株(かぶ)だけでは枯(か)れてしまうおそれがあるので、数株(すうかぶ)持ちだすことにしました。たとえ鑑賞用(かんしょうよう)とはいえ、持ちだし禁止(きんし)の作物(さくもつ)を持ちだしたのです。長い航海(こうかい)中、野國總管(のぐにそうかん)の気持ちはおだやかではありませんでした。おとがめなしで、ぶじ琉球(りゅうきゅう)までつけるものか。枯(か)れることなく持ちかえり、はたして琉球(りゅうきゅう)の土地(とち)に根(ね)づいてくれるのか……。長く感じた帰途(きと)の旅も、なにごともなくおわることができました。それは一六〇五年のことでした。

 命(いのち)をかけて持ちかえった甘藷(かんしょ)(イモ)の苗(なえ)は、鉢(はち)のなかですくすくと育(そだ)っていました。

 帰ってきた野國總管(のぐにそうかん)は、息(いき)つくまもなく、久米村(くめむら)の総役(そうやく)(頭(かしら))に、おいとま(休か)を願いでました。理由は、一日も早く持ち帰ったイモの苗(なえ)を、郷里(しょうり)の野国村(のぐにむら)で植(う)えてみたかったのです。野國總管(のぐにそうかん)のもうしでを心よく聞いた総役(そうやく)は、

 「總管(そうかん)、きっと成功(せいこう)させてくれよ。百姓(ひゃくしょう)の命(いのち)をつなぐ作物(さくもつ)。うまくいけば、ききんのたびに死んでいく百姓(ひゃくしょう)たちの苦しみを救(すく)うことになる。そればかりではない。この琉球(りゅうきゅう)の人口ももっともっとふえて、今にもまして国力をつけることにもつながるのじゃ。」

 「はい、ありがとうございます。命(いのち)をかけて持ちかえった作物(さくもつ)です。せいこんこめて育(そだ)ててみせます。」

 野國總管(のぐにそうかん)をむかえる野国村(のぐにむら)の人びとは、よろこびにわきかえっていました。村(むら)一番の出世頭(しゅっせがしら)です。總管(そうかん)をでむかえるために、村(むら)びとがおおぜい集まっていました。

 「みなさん!」

 總管(そうかん)は、集まった村(むら)びとを前にいいました。「わたしたちの村、いや国じゅうのお百姓(ひゃくしょう)たちは、台風(たいふう)のたびにひどい目にあい、ひでりがつづくとききんになり、つらい思いをしてきました。あれもこれも、この琉球(りゅうきゅう)に、台風(たいふう)やひでりに強い作物(さくもつ)がないからなのです。

 總管(そうかん)から、久米村(くめむら)の話や今度の中国(ちゅうごく)への旅の話を聞けるものと思っていた村(むら)びとは、いきなり台風(たいふう)やひでりの話をきりだしたのにびっくりしてしまいました。

 「總管(そうかん)は、いったいなにをいっておるのじゃ。」

 「台風(たいふう)とかひでりとかいってみたところで、天のなせるわざ、なげいてみたところでどうしょうもない。」

 などと、集まった村びとは、口ぐちにいい合っていました。

 「みなさん、よく聞いてください。」

總管(そうかん)は、ざわめく村びとをしずめるように、ふたたび話しはじめました。

 「わたしは、今度の唐旅(とうたび)(中国(ちゅうごく)への旅)でいままで見たこともない作物(さくもつ)を持ちかえりました。甘藷(かんしょ)とよばれているものです。」

 というと、鉢植(はちう)えにした甘藷(かんしょ)の苗(なえ)を高々と持ちあげて、村(むら)びとに見せたのです。

村人に甘藷見せる野國總管

 「この甘藷(かんしょ)は、野国村(のぐにむら)のようにやせた土地(とち)でも、砂まじりの土地(とち)でも平気(へいき)で育(そだ)つのです。それに、つるのように地面にはってのびていくので、台風(たいふう)がきてもとても強いのです。すこしぐらいのかんばつでも平気(へいき)です。根(ね)っこについた実(み)は、わたしたちが口にするどんなものよりもおいしいのです。ふかしてもよいし、焼(や)いてもよい。長い間、たくわえもきくのです。」

 集まった村(むら)びとの間に、大きなざわめきがおこりました。まるで、まほうの作物(さくもつ)です。とても信(しん)じられませんでした。

 「とても信(しん)じられないのかもしれませんが、わたしは実際(じっさい)にこの目で見たのです。まず、ためしにわたしが植(う)えてみます。そのあとに、みなさんの畑にもぜひ植(う)えていただきたいのです。」

 總管(そうかん)は、甘藷(かんしょ)の苗(なえ)を畑に移植(いしょく)しました。ほどよいかん水と、あたたかな気候(きこう)にめぐまれたせいもあってか、甘藷(かんしょ)の苗(なえ)は予想(よそう)以上に生育(せいいく)します。のびた茎(くき)を切って、すぐまた移植(いしょく)します。青々とやわらかい色あいをおびた葉はやがて、畑一面をおおうほどに育ちました。

 その日以来、總管(そうかん)の畑には毎日のように村(むら)びとが甘藷(かんしょ)畑を見学にやってきました。そして、いきおいよく育(そだ)っていく甘藷(かんしょ)の苗(なえ)を見ては、

 「總管(そうかん)のいったことは本当かもしれん。」

 「村一番の出世頭(しゅっせがしら)の總管(そうかん)のいうことじや。わしらをだますようなことは、いうはずがない。」

と、いい合うのでした。半信半疑(はんしんはんぎ)で總管(そうかん)の話を聞いていた村(むら)びとも、われ先に、總管(そうかん)から甘藷(かんしょ)の苗(なえ)をわけてもらうのでした。甘藷(かんしょ)の苗(なえ)をわけながら、總管(そうかん)は一人ひとりに、その植(う)え方をていねいに教(おし)えました。

 「いいですか。苗(なえ)のなかから元気のよいものを選(えら)んで、二十~三十センチほどの長さで切ってください。切った苗(なえ)を左手にもち、ヘラでななめに穴(あな)をほり、その穴(あな)の中に切り口の方から 苗(なえ)をさしこみ、軽(かる)く足でふめばよいのです。 一~二週間(しゅうかん)もすると、苗(なえ)は根(ね)づき、芽(め)をだします。」


説明する野國總管



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