本書を読まれる皆さんへ
2005(平成17)年という年は、私たち嘉手納町の出身、野國總管が中国から
甘藷を持ち帰ってから、ちょうど400 年の節目にあたります。
 400 年という歳月をさかのぼってみると、私たちの沖縄は、南海の小島とはいい
ながらも、国王を頂点とした独自の国家・琉球王国を築きあげてきました。しかし、
中国をはじめ日本、東南アジアの国々との活発な交易により、富のより集まるとこ
ろと称賛された琉球王国も、海外交易にかげりが見えはじめ、その基盤もゆらぎ
はじめた時代でもありました。一方、日本では関ヶ原の戦い(1600 年)に勝利した
徳川家康が江戸(現在の東京)に幕府(江戸幕府)を開き、新しい時代への扉が
開かれようとしていました。
 沖縄、日本ともに、歴史が大きく動き出そうとする社会情勢の中にあって、農民
たちの生活は、日々の食べ物にもことかくといった貧しい暮らしぶりがつづいてい
ました。精魂こめてつくりあげた米や麦といった作物も、そのほとんどを税として
納めなければならなかったからです。特に、台風と日でり、そして飢饉と餓死とい
う悲劇が毎年のようにくり返された沖縄では、農民の苦しみは生きる力さえも奪っ
てしまうほど深いものでした。
 世の中が大きく変わろうとする中で、とり残されたように貧しさにあえぐ農民たち
の前に、一筋の光明をもたらしてくれたのが、甘藷という新しい作物の登場であり、
それをもたらしてくれた小さな野国村の若者・野國總管だったのです。
 野國總管によってもたらされた甘藷の恩恵を、まっ先にうけたのは沖縄の農家
の人びとであり、基盤のゆらぎ始めていた琉球王国そのものであったとは、いう
までもありません。その恩恵は、やがて薩摩(現在の鹿児島県)をとおして、全国
の人びとの上に等しく分け与えられることになります。
 野國總管のことを、人びとは敬愛の情をこめて「甘藷大主」(ンムウスー)とよび
ます。主とは日本語では首長、君主などを意味し、沖縄の方言で「スー」といえば、
父親のことを意味します。

皆さんのよく知っているガンジーは、いっさいの暴力を否定して闘かい、ついにイン
ド独立を成しとげた偉大な政治家です。ガンジーは国民から「独立の父」とよばれ、
「マハトマ」(大きな魂ましい)と称えられました。野國總管も沖縄の人びとにとって
は「父親」のような存在であり、大きな魂を持った人であったといえます。
 嘉手納町では、野國總管の偉大な功績をたたえ、それをいつの世までも語りつ
いでいくために「野國總管甘藷伝来400 年祭実行委員会」を組織し、2005 年10月
の実施をめざして、記念事業をはじめとして、いろいろな祭りの準備をすすめてい
ます。今回、皆さんにお届けすることになったこの本(『甘藷と野國總管』)も、記念
事業の一つとして発刊されることになったものです。
 『甘藷と野國總管』は、400 年たった現在でもなお、人びとの敬愛してやまない野
國總管という人物と、人びとを飢えの苦しみから救ってくれることになった甘藷につ
いて、わかりやすい表現でまとめられています。
 それでは、この本の各章ではどのようなことが記されているかを、見ていくことに
します。
 まず第1章では、前半で野國總管が生まれ、活躍した時代のあらましを、かみく
だいてお話しし、後半で總管の成しとげた偉大な功績を、いろいろな角度から見つ
めて、明らかにしています。そこでは、石碑にきざまれた功績や教科書に掲載され
た總管が登場し、皆さんが今まで知らなかった野國總管と出会うことができます。
 2章では、甘藷の生い立ちから話が始まります。野國總管と儀間真常との出会い
から、やがて甘藷が全国に広まっていくようすが、人と人との出会いの中で描かれ
ています。小さなストーリーの中で展開される甘藷を伝える話は、野國總管の果た
した役割の大きさを新めて実感できるかも知れません。皆さんの知らなかった「い
も殿様」・「甘藷地蔵」・「甘藷先生」とよばれる全国の甘藷の恩人が登場するのも
楽しみの一つ
です。
 第3章では、人びとの生活と甘藷の話が中心になります。甘藷とともに生きてき
た沖縄の人びとの暮らしぶりが、とてもわかりやすく書かれています。甘藷にまつ
わるお話の中には、思わずニヤッとさせるおもしろいものから、ついホロリとさせら
れる人情味あふれるものまであり、沖縄人のもつやさしさにふれることができます。
 第4章では、甘藷の収穫量が一目で分かるように棒グラフにまとめたページから
始まります。そこから意外なことが発見できるかも知れません。沖縄の気候や土壌
と甘藷の関係にふれる中で、甘藷がたいせつな農作物であると同時にアサガオと
同じ仲間であることがわかります。400 年という長い時間をかけて、人びとの努力
によってさまざまな品種が生み出されてきたことも理解できます。
 第5章では、甘藷の栄養のなぞときから始まって、健康食として注目をあびるよう
になった甘藷の正体にせまります。ほかの食品とのデータを比べながら、甘藷がい
かにすぐれた食品であるかをとき明かしています。また、甘藷を使った昔なつかし
い琉球料理から、皆さんでも挑戦できる料理、珍しいものから奇想天外なものまで、
たくさんの料理が紹介されています。
 終わりの章では、私たち編纂委員が皆さんへの期待をこめて、野國總管から学
んでほしいことがらとして「国際性」・「進取の気象」・「社会貢献」を取りあげてまと
めました。
 これからの学校でのお勉強は、先生から教科書などで与えられる学習内容だけ
でなく、自分でやってみたいことなど、自分で課題を見つけ自ら学び、自分で考えて
解決していく学習がたいせつです。
 家庭では、親子で読み聞かせの資料として活用しながら、野國總管の果たした役
割などを話し合ったり、学校では社会科の郷土学習や道徳の読みもの資料として、
あるいは総合的な学習の時間での課題学習などの副読本として活用していただき
たいと心より願っています。

                                 「甘藷と野國總管」編纂委員会
                                         委員長 伊波勝雄