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8.甘藷のきた道―熱帯アメリカから野国村へ

 甘藷がどこから野国村に伝わり,野国村からどういう経路で,どういう人々が関わって日本全国へと広まったかについて,考えてみたいと思います。

 いもと呼ばれているものには,甘藷の他にサトイモ,ヤマイモ,ジャガイモ,ナガイモ,タロイモ,クズイモなど,世界全体では70~100種類もあり,いもの特徴としては,甘藷のように根の肥大したもの,ジャガイモのように地下茎が肥大したもの,ナガイモのように根と茎の境目が肥大したものの3つに分類されるといいます。

 さて,甘藷の原産地としては,メキシコ説やペルー説などがあり,いまだに特定された地域は確定されていませんが中南米の熱帯アメリカが原産地であることは間違いないようです。その証拠にペルー遺跡から,紀元前1000 年から紀元前1300 年ごろにかけての甘藷の乾燥した根や葉,花,などを描いた綿布,甘藷を形どった土器などが発見されています。さらに,ペルー海岸のチルカ谷の遺跡からは,紀元前8000年から1万年のものと推定される炭化した甘藷の根が見つかっています。これらの遺跡に見られるように,甘藷は紀元前3000年頃には熱帯アメリカで栽培され,食されていたことが明らかになっています。

 この甘藷は,紀元前1000年頃には熱帯アメリカから南太平洋の島々に伝わり,さらには,大きく時代が下って1492年,コロンブスがアメリカ新大陸を発見した際のおみやげとしてスペインのイサベラ女王へ献上され,ヨーロッパに伝えられました。しかし,ヨーロッパでは,甘藷はスペインでわずかに栽培されただけで後に伝わったジャガイモにおされ,ほとんど普及しなかったといわれます。

 新航路の発見により,16世紀から17世紀にかけて,オランダ,ポルトガル,イギリス,スペインの国々が植民地獲得競争で東南アジアやインドなどに進出するようになり,甘藷も探検家,船員,宣教師,商人たちによって,ヨーロッパからインド,インドネシア,フィリピン等へと伝えられました。

 このように,甘藷は中南米の原産地からヨーロッパ,フィリピン,中国へ,そして,中国から野国村へと時間的にも空間的にも長い広範囲な道のりを経て伝えられたことがわかります。
(文責伊波勝雄)