沖縄の気候と土と甘藷
1 沖縄の気候を知ろう
亜熱帯気候と甘藷
 甘藷が誕生したのは、中・南米の熱帯地方だということは、この本の第2章でお話しました。

 熱帯というのは、赤道を中心とした気候のおび(気候帯という)のことで、そのおびの中にふくまれる地域のことを「熱帯地方」とよびます。このような地域では、湿気が多く、気温がとても高くなります。最も寒い月でも平均気温が18℃以上もあります。
 沖縄県の気候の話をする前に、右の写真を見て、沖縄県の位置を確かめましょう。私たちの住む沖縄県地方は、北は北緯27度から南は北緯25度の広い海域に点々とつらなったような島々から成りたっています。

それらの島々の一年間の平均気温は21℃から23℃の間にあって、気候はとてもおだやかで、真冬でも霜がおりたり、雪が降ったりすることはありません。また、一年間の平均降水量は2107 ~2047mm で、全国平均の1800mm よりも多く、とても雨の多い地域だということになります。このような沖縄県の気候は「亜熱帯気候」とよばれています。


沖縄ふきんの雲の写真
 亜熱帯というのは、熱帯と温帯の中間にあって、緯度が25 度から30 度ぐらいの気候のおびのことで、そのおびにふくまれている地域を「亜熱帯地方」とよんでいます。月平均気温が20℃以上もある月が4~8ヵ月もあります。日本の中では、沖縄県だけが亜熱帯気候とよばれている気候のおびの中に入っていることになります。世界の中では、北アフリカ、中国の南部、北アメリカの南などが、沖縄県と同じ亜熱帯気候の地域です。
 野國總管が甘藷の苗を持ち帰った中国の南部(福建省)は、沖縄県と同じ気候帯に入っているわけです。

熱帯で生まれた甘藷は、亜熱帯の中国南部に持ちこまれ、それまでとは異なる気候環境の中で育てられたことになります。甘藷自身が亜熱帯とよばれる気候にうまくなじんだということも考えられますが、中国南部の人たちが、異なる気候の中でも育つように工夫したのかも知れません。野國總管は、中国南部の気候の中で育てられた甘藷の苗を、同じ気候帯の沖縄に持ち帰って栽培したことになります。

 野國總管が中国から甘藷の苗を持ち帰ってから、15 年目には沖縄中に甘藷が広まったといわれるのは、甘藷が沖縄の気候にとてもなじみやすい植物であったことが大きく影響したのかも知れませんね。

雨が多おおいのにかんばつの起こるわけ
 沖縄県には、なぜ、雨がたくさん降るのでしょう。

沖縄県をふくめた日本列島が、ユーラシア大陸(ヨーロッパとアジア大陸をふくめていう)の東側にあって、大陸性気団と太平洋側の海洋性気団のちょうど境めの前線帯にあるからです。気団というのは、同じ性質(暖かいとか冷たいという)をもった空気のかたまりのことをいいます。その空気のかたまりのあるところが、陸地の場合は「大陸性気団」といい、海の場合は「海洋性気団」といいます。天気予報などで「シベリア気団」とか「オホーツク海気団」あるいは「小笠原気団」などということばが使われます(下の図を見てみよう)。

 性質の異なる空気は、ふれ合ってもなかなか混ざり合おうとせず、ぶつかったところに境目をつくります。この境目のことを「前線面」といいます。前線面が地面と接しているところを「前線」とよんでいます。「温暖前線」とか「寒冷前線」というのは前線の仲間で、天気予報などでよく耳にする気象用語の一つです。このような前線ができ、発達すると天気はくずれ、雨が降りやすくなるわけです。

 それでは、沖縄県はとても雨が多い地域なのに、どうして昔からよくかんばつに見まわれたのでしょう。かんばつになってききんが起こり、飢えで亡くなる人がたくさん出たという話が、この本の中でもたびたび登場します。野國總管が甘藷を持ちこむきっかけにもなったのだと思います。そこで、はじめに確かめた沖縄県の位置が大きくかかわってくることとなるのです。

天気図 よく見ると中緯度高圧帯がわかります。
 沖縄県の位置する北緯20 度から30 度にかけては、地球全体から見ると、「中緯度高圧帯」とよばれる緯度圏にあたります。そこではふつう、天気は安定し、もともと雨はほとんど降らないとされています。皆さんも知っている「サハラ砂漠」や「リビア砂漠」(ともにアフリカ)などのある、とても乾燥した地域なのです。

 不思議なことに沖縄県は、実際には気団どうしがぶつかり合って境目をつくる前線帯にあるおかげで、四季をとおして天気の変化がよく起こり、雨もよく降る「多雨地帯」となっているのです。ところが、この高圧帯は年によって、北にあがったり、南に下がったり、また強くなったり、弱くなったりして毎年の気候を変化させてしまいます。沖縄県が雨が多く降る年があるかと思えば、雨が少なくかんばつを発生させたりするのも、この高圧帯の動きが原因しているというわけです。

黒潮のかつやく

 沖縄県地方の気候と深くかかわっているものに、もう一つ、近くの海を北にむかって流れる黒潮があります。

 黒潮は、与那な国島ふきんから北へむかって進み、東シナ海に入ります。それから、むきを北東に変えて、琉球列島ぞいに流れて、トカラ列島の中部を横切り、そのまま東へむかってすすんでいきます(図をみよう)。


沖縄近海の黒潮の流れ
この黒潮の流れる海域では、年間の気温が島々の気温より2℃ないし3℃も高くなっています。この黒潮の流れがあるおか
げで、私たちの沖縄県では、真夏になっても気温が異常に高くなることがなく(本土では40.8℃、1933 年7月25 日 山形県)真冬の強い寒波がおそってきても、それほど気温が低くなるようなこともないわけです。また、この海域(黒潮が流れる海域)は、沖縄県の冬の天気とも深くかかわっています。
 冬の季節風が吹き出してくると、大陸から南へおりてくる寒気団(冷たい空気のかたまり)は、暖かい海域に出て、下からあたためられ、水蒸気の補給(おぎなうこと)をうけて、不安定になり、雲ができて、小雨もようの天気をつくり出します。

 このように海洋は、沖縄県地方の気象や気候に深くかかわっていることがわかります。これらのことから、沖縄県地方の気候が「亜熱帯海洋性気候」ともよばれているのです。



季節風の吹出し
 このような沖縄の気候は、農作物の栽培とも深くかかわり、秋に種をまき、冬に成長させ、春から夏に収穫期をむかえるという独得の「冬作システム」をつくりあげたといえます。冬作システムは、沖縄の気候を長い間の体験の中で知りつくした農民たちがつくりあげた〝知恵〟の産物ともいえます。

 中国や日本本土では、作物は春に種をまき、夏に成長させ、秋に収穫期をむかえます。

日本近くに発生する気団
シベリア気団… 冬の間、冷たい北風を吹かせる乾いた空気の大陸性気団。
揚子江気団… 春や秋に日本付近をおおう、暖かくてさわやかな空気の大陸性気団。
オホーツク気団… 北の湖で梅雨どきに発生する冷たくて湿った海洋性気団。
熱帯気団… 夏から秋にかけて、台風とともに南からやってくる海洋性気団。
小笠原気団… 夏に日本をおおう、熱くて湿った海洋性気団。

風信号と滝沢馬琴
 滝沢馬琴といえば、江戸時代の有名な小説家で、『南総里見八犬伝』は知っている人も多いと思います。馬琴の著書『弓張月』の中に、沖縄が生んだ学者・程順則(名護親方)が著わした『指南広義』という本の中の「風信号」の一節がそっくりそのまま取り入れられています。その中では「颱」(台風)と「颶」(温帯低気圧)をはっきり区別し、その違いにもふれています。ところが、実は程順則の「風信号」のまる写しであったのです。現代風にいえば、「盗作」ということになります。


ニングヮッチカジマーイ
3月に入ると、沖縄県では、初夏をつげるデイゴの花が石垣島より咲きはじめます。季節風の吹き出しもせいぜい1~2日程度となり、2~3日も吹きつづけることはなくなります。しかし、昔から、漁師たちの間で恐れられてきた旧暦2月の「ニングヮッチカジマーイ」とよばれる海の荒れる日があります。このことばは、久米島の堂の比屋という人が、自分の体験をもとにしてまとめた『お日より拝み日』という本に初めて登場したといわれています。